テシゴト・テアソビ。もっと自由に、もっとのびやかに

書で生きる 小野六花さん

Q.書道を始めたきっかけは?
糸を前にデッサンしてイメージを固める大塚さん

筆を下ろした瞬間、一気に書き上げる

小野:小さな頃から、なぜか文字が好きな子供で、書道教室に通いたいと言いだしたのが6才のときです。小学校に入学すると、字のじょうずな子がいたら、上級生、下級生を問わず、その子が書く字をじっと観察して真似ていました。ぜったい、「私のほうが上手になってやる。そんな気持ちだったんだと思います(笑)」。それからもずっと飽きずに書道を続けてきました。実は途中、書道から遠ざかっていた時期もあったんです。大学の頃かな。もっと自分に合う仕事があるんじゃないかと真剣に考えたこともありました。実際に就職してみると、やっぱり文字が書きたいな…と。あの頃は、どんなに仕事で帰りが遅くなっても、教室を休みませんでした。今思うと、仕事のストレスを文字を書くことで解消していたのかもしれませんね(笑)。やがて指導する立場になりましたが、まだアルバイトとの二足のわらじを続けていました。書道教室の収入がアルバイトの収入を超えたら書道1本で食べてこうと決心して。すぐに超える自信はあったのですが、5年かかってしまいました。

Q.書家として本格始動された後
中国へ留学されたとか?

小野:1本立ちして10年経った頃に、無性に何か新しいものに挑戦したくて単身中国へ。中国杭州の中国美術学院に1年間留学しました。日本で書のプロとしてやっていくためには、組織に籍を置き、教室で指導しながら定期的に展覧会活動を続けていかなければなりません。そんな枠を飛び出したかったのかもしれませんね。もっと自由に作品を書いてみたいという強い衝動にかられての旅立ちでした。

Q.留学で得たものは?
糸を前にデッサンしてイメージを固める大塚さん

留学で、てん刻の魅力にはまった

小野:中国美術学院は、アジアだけでなくヨーロッパ各国から書を学びたいという学生で溢れていました。日本人は漢字の国に育っているけれど、彼らの多くは書を書くのはもちろん、漢字を書くのも初めて。もちろん私たち日本人は、字として漢字を捉えるわけですが、対して彼らは「カタチ」として捉えて模写するんです。正直カルチャーショックでした。そんな書の捉え方があるのかと。「書道とはこんなもの」と、枠にとらわれていたのは自分だったことに気づき、テクニックだけでなく、大きな刺激をもらいましたね。

Q.てん刻や水墨画も、中国で勉強されたんですか?
糸を前にデッサンしてイメージを固める大塚さん

作品もどんどん増えている

小野:中国では、書家はてん刻や水墨画を嗜んで当り前。私もずっとやりたかったので、本当に楽しい時間でした。日本に帰国してからも定期的に指導を受けています。通常、水墨画は山水や花鳥が題材になりますが、時々女性のヌードをクロッキーしたりもします。女性同士なのに、なぜかドキドキしてしまいますが(笑)。呼吸を整えて一気に仕上げていくことで線に勢いや味が出てきておもしろいですよ。てん刻は、朱文字(文字を残して回りを彫る)、白文字(文字を彫る)といった彫り方の技法の他、甲骨、金文、小篆、印篆といった書体もさまざまな種類があって飽きることがありませんね。この二つの世界をみっちり勉強することで、書道の奥深さを、さらに感じとることができたように思います。